世の中はよく「自己責任」という言葉を好む。 何かにつけて「若いうちに努力しなかったからだ」「計画性が足りないからだ」と、綺麗事の教訓を並べ立てる連中がいる。
だが、実際にこの社会の歯車の中で、泥臭く生きている人間からすれば、現実はもっとシンプルで残酷だ。 ——ただ普通に生き、過去の清算をし、転職を重ねながら懸命に食いつないでいるだけで、国は容赦なく財布の底を引っペがしていく。
今年の初め、私は残っていた奨学金160万円を一括で綺麗に返済した。 「これで大きな足枷が一つ消えた。やっと身軽になれる」 そう思って一瞬だけ清々しい空気を吸ったが、世の中はそんなに甘くなかった。
この1年の間に転職を2回経験した代償として、今、私のもとには過去の所得に基づいた「大量の住民税」と「国民健康保険料」の請求が、まるで時限爆弾のように次々と送り届けられている。
無職だった時期の痛手もあり、決して余裕があるわけではない。 外食なんて贅沢品はもったいなくて論外だし、日々の食事はレタスや家にあるもので細々とカロリーメイトや自炊を繋いでいる。食費を極限まで削り、自分の体型(50kg)と最低限の生活を守ることで精一杯だ。
それなのに。 働こうが、節約しようが、過去の借金を綺麗に完済しようが、国税や自治体は「生きていることの対価」と言わばかりに、容赦なく容赦なく、容赦なく金を回収していく。
払うべきものは払う。それは分かっている。 だが、このタイムラグで襲いかかってくる税金のシステムは、まるで「這い上がろうとする人間の足を、後ろから静かに引っ張り続ける泥沼」のようだ。
物欲なんてとっくの昔に消え失せた。 何かを買いたいという欲求よりも、「これだけ絞り取られて、いったい何が残るんだ?」という乾いた冷笑と、静かな怒りだけが残る。
贅沢をする余裕など最初からない。 それでも、自分の美学を曲げず、日々の生活を淡々とサヴァイブしていくしかない。
国がいくら財布を奪いにこようとも、この体型と、自分の魂の輪郭だけは、誰にも渡さないつもりだ。

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